人間が生きると言う事は
―五個荘 Oさん―

社会に生きる。

野球のコツは、球をよく見ること。人生のコツは人をよく見ること。

地域の祭りは、形式上宗教行事にみえるが、実は、社会教育の場である。不参料や氏子入り、自治会予算の執行について異議を唱える人がいるが、そもそも「宗教」ってなんでしょう。お金を支出することが宗教ですか。宗教は、心のよりどころです。人生の根幹です。

祭りは、そんなところまで、制約しません。祭りは信仰の自由を保証しています。祭りはその地域に住んでる人たちが、全員で、共同作業をし、互いの交流をする場です。教えあい、敬う場です。お互いに社会勉強をしているんですね。単なる娯楽ではありません。

原発なしで生きていく。代替エネルギ確保の議論もあるが、化石燃料にしても自然系にしても限界がある。

人間の共同作業がエネルギ源となるべきだ。使用済み燃料が処理できないのだから、原子力はやはり使ってはいけなかったのだと反省する。先般の水素爆発の時も、誰かが何とかしてくれると、思った人はいなかったろうか。

尚、止めた原発は大量の電力を消費する吸電鬼になり、火力発電の燃料代が膨大になる。産業界は窮地に陥るだろう。原子力の禁断症状が顕在化した。

選挙の度に安心・安全を訴える候補者が多いが、世の中とは、元々、不安で、危険なものです。本当の平等・公平なんてものは、何処にもない。皆お互いさまという事で辛抱しているのです。便利の極みの社会は、一つ歯車が崩れると不便なことこのうえない。

節電のため、今年の夏の甲子園、中止になったら、部活動は、どう対応するか。

例年当たり前のようにできたことが実は最高に幸せなことだったと噛みしめる良い機会です。